Eきゅー
No.224212
去年、マリノスはハイラインで両SBが内に絞る戦術…と言われたけれど、それは手段であって目的じゃないんだよね。今のサッカーするための型をマスターするためのギブスみたいなものだったのだと思います。
これを目的と感違いした一部のひとからは嘲笑や好奇の対象にされてしまったけれど、一見、非常識で不自由な縛りで始まったような戦術が、選手たちをピッチを縦横無尽に駆け回る自由を与えてくれた。そして選手の能力を引き出し途方もない攻撃力に転化させている。
自由なようで集団としてまとまったプレーが出来ている不思議。パターンに縛られるのではなく、その場の最適解を見つけて選択しプレーができるようになった不思議。でも不思議でもなんでもない。サッカーはそもそも自由なスポーツで、本質さえつかめば選手たちは自由になれる。
選手たちは本質をつかんでいる。だから楽しいと選手は感じているのだと思うし、みているひともその選手たちの喜びが伝わってくるのだと思う。
矛盾するようだけど「即興が生じるように計算されたサッカー」とでもいうのかな。対戦相手はマリノスの選手を捕まえるのがきっと大変だ。
マリノスのサッカーは特殊なんかじゃなくて、むしろサッカーの本質を体現でくるサッカーじゃないかと思う。
サッカーの本質は自由だと思うから。
ポジションてなに?
数字ってなに?
最近よく思います。

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