トリコロール通信 
No.283508
ととろさん

水沼貴史は確か1995年開幕戦に三浦文丈が体調不良、野田知が出場停止でスタメン起用されるも、その後は出番無くファーストステージを最後に引退しました。
その年からGMになった森孝慈さんはメキシコW杯予選などの日本代表監督で水沼も選手としてプレー、引退を促されたみたいです。
山田隆裕はファーストステージ終盤にメンバー外になり早野監督と確執があったみたいです、その後和解しましたが。
ソラリ監督はマリノスに来る前年にサウジアラビア代表をW杯初出場ながら決勝トーナメント進出した手腕を買われました。
フィジカル強化に励みましたが戦術的には個人能力頼みだった印象が強いです。
変則4バックを採用、右SBの松田直樹は上がらず、左SBの鈴木正治はビスコンティのサポート、右はサイドハーフの三浦文丈が下がってカバー、松田直樹の能力を考えて実質3バックに近かった。
あと松田、小村、井原には中盤がフリーじゃなければパスをつなぐな、メディナベージョ目掛けて蹴れという指示だったはず。
ソラリ監督になりロベルト佃さんが通訳としてマリノスに加入したと思います。

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