セレステイブランコ
No.518936
>>518927
当時は子供でアルゼンチン国旗持ってゴール裏に行ってました。
ラモン・ディアスはリーベルでアルゼンチンリーグ得点王。
ビスコンティはロサリオセントラルで一時代表引退したマラドーナの後にアルゼンチン代表の背番号10を付けた、そのため10番の重圧からマリノスでは10番付けず11番でした。
メディナベージョはリーベルでワールドカップ予選ではバティストゥータと2トップ、ワールドカップでもマリノスの選手として出場。
サパタもリーベルでキャプテンやってて、ワールドカップ予選はスタメンでも出てました。
当時の通訳が代理人となってしまったロベルト佃、紙吹雪の作り方をレクチャーしてたのが懐かしい。

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