No.111945
長らく首位を守った浦和が陥落し、最終節にして王手をかけたのは何とリーグカップを制しオープンカップもほぼ手中に収め、リーグ最後の相手は降格の決定した徳島という三冠目前のガンバ大阪である。なお今季昇格1年目という昨季は二部で辛酸を舐めていたチームである。他のチームの体たらく?知ったことではない、ドラマが後からついてくる。特に共通の強大な敵が無様にすっころんだのを指差し笑った後では、どんな低俗なドラマも光り輝く。そう、リーグ戦は終了したのだ。
皮肉は苦手である。
こんなにも楽しみを見出せない最終節をどう形容してやればよいのか。言葉が浮かばない。シーズン制最後の年に相応しい末路なのかなと思う。密かに楽しみにしていた大宮対セレッソも、望むような形での対戦ではなくなった。
各サポーターからすれば自チームの今年最後の試合に集中できる親切設計の最終節なのかもしれないが、こちとらミーハー上等な立ち位置なのである。どこを見ても楽しみを見出すのが難しいカードだらけで、気持ちはすでに日曜のプレーオフに向いている。日程くんとやらは本当にすごいんだなと改めて感じるばかり。繰り返すが、皮肉は苦手である。
思えば、第32節の天王山で今季は終わっていたのだろう。
来季は指差し笑って終わるのではなく、両チームの健闘を讃えて終われるチャンピオンシップが待っているはずだ。
とはいえこれではあまりにもあんまりなので、ガンバについて少し書きたい。
ガンバのどこが最も見るべき点なのか?と聞かれればその答えは明確、両サイドMFの守備時の位置を見ろ!である。ボランチとの密接な距離感を築き、効果的にボールマンに対して圧力を掛ける様こそ、ガンバで最も見るべき点だ。開幕頃の徳島と仲良く並んでいたガンバも現在三冠に手をかけているガンバも、メンバーは変わってもそこだけは変わらない。
つまり、変わった後の選手がいいんじゃね?と思うだろう、その通りである。メンバーが変わっても変わらないということはそれつまりフィロソフィーである。フィロソフィーだけでは勝てないが、それがなければいくら素晴らしい選手でも力を発揮することはできない。
特に色濃く表れたのは上記の天王山に加え、ナビスコカップ決勝だろう。共に同じようなフォーマットを敷く相手との対戦であり、比較確認もしやすいはずだ。
大きく張ったワイドの選手に対して、両SHが半ばマーキングを放棄するような形で中央へと絞る様こそフィロソフィーの顕れである。特に浦和や広島といったチームに対し、システムをいじりマンマークを付けるだけというような対処療法的な措置だけで試合をつまらなくさせるようなやり方ではなく、自分たちありきでこそかの名勝負は生まれたのだ。
これくらい書けば鹿島の大大大逆転優勝の芽も少しは出るかな?