No.238515
反復することにより戦術が浸透するとベースが出来上がる。選手たちはお互い何をすればいいのかが分かっていて、余程のことがない限り迷うことはない。これが俺たちのサッカーだとピッチの上で披露する。
そう、余程のことがない限り。
オシムは、この「余程のこと」こそがリアルなサッカーだと感じてるんだと思う。サッカーというものは、たとえばこの掲示板で語られているように言葉によって区切り、その意味を定義付けした平坦なものではなく、
たとえ同じシチュエーションであっても、ポジション、時間帯、メンバー、相手、状況、環境、などにより同じ場面は二つとして存在しないという考えの基に、瞬時に判断する能力を上げる為に毎回違った練習をし、考える力、思考力を植え付けたんだと思う。
サッカー脳を上げることこそが、日本サッカー界に必要なことだよ。それにはサポーターが、結果によってコロコロと手のひらを返してばかりいては進展がないということ。
選手たちを動かしたいならサポーター自身がサッカー脳を上げること。それはサッカーに詳しくなることじゃない。サッカーなんて大して分からなくても構わない、人間的に器が大きくなることが重要なんだ。そうしないと選手たちもクラブもチャレンジしなくなる。すると日本サッカー界は止まる。
進展を妨げるのは知識に偏った決めつけだ。サッカーを知れば知るほど決めつけが激しくなり、いつの間にか選手たちを定義付けられた小さな箱に閉じ込めてしまう。それが日本のサッカー悪いところ。
代表に関わらず子供たちまで、チャレンジもしなく、教えられたことしかせず、自分で限界を決めてしまうのは、やたら知識に偏った形式的なサッカーを求められ、そのイメージを共有した選手たちが、これが日本のサッカーだと、俺たちはフィジカル勝負してはいけない、数的優位を作らなければいけない、輪を乱すチャレンジはしない、ディレイで相手を遅らせる、決まりもしないミドルは撃たない、このエリアからは撃って来ないと、何から何まで制限されたサッカーをしてしまう。
これを破ろうとしたのがオシム。考えて走るサッカーって、日本サッカー界には存在しないリアルなサッカーなんだと思う。