ああ
No.238795
教え込むサッカーは戦術を体現する。
考えて走るサッカーは自分たちで戦方を創造する。

サッカーって、基本戦術を見せられても大して面白くないんだよね。それが野球なら分かる。野球は基本戦術をどれだけ忠実に守り高めるのかが見どころで、ミスを侵さないことが求められる。
サッカーは逆。選手たちがゲームを組み立てる様、その工夫の過程に面白味が秘められてる。それが創造性と呼ばれてるもの。自分たちで考え、判断し対応しつつ、如何にして相手を抑え、そして上回るのかが見どころ。チャレンジしてなんぼ、ミスしてなんぼのスポーツ。

Jに欠けてるのがそれ。自主性とチャレンジ精神。餌の取り方も知らない籠の鳥、野に放たれても生きて行けない、それがJリーガー。育成の主旨を間違えてるんじゃないかと思う。
監督の言うことを聞く子が良い選手として、そうでない選手を切り捨てていないか。

これを二元論で考えないで欲しい。思考回路が二元で構成されてる人は直ぐさま、じゃあ言うことも聞かないで好き勝手にする子を育てればいいのか?と言い出す。そんなあほな、、ああ言えばこう言う、そんな考え方しか出来ないうちは日本サッカー界はずっとこのままだ。戦術がチームの基盤となるのは言わずもがな。

乾の活躍にエイバルの監督が称賛を贈りつつも、同時にこのような課題も挙げてる。
〉〉「彼という人間は、あまりにも従順過ぎる。いつも言われたことだけをやろうとするんだ。彼には競争に臨む、ということが欠けている」
これは乾に限った問題ではなく、日本人プレイヤー全般に言える問題だと思う。海外組はJリーガーより遥かにチャレンジしてるはずなのに、それでもサッカーの本場では見透かされるわけだ。
つまり、育成に於いてロボットを製造するなということ。ハリルも、ロボットにならないで下さいとインタビューで語っていた。

日本人はなぜロボットになってしまうのか、それは思考回路が二元性に陥ってるから。物事を二つに分け、片方が正解でもう片方が間違いだと考えてしまうその完璧主義に偏った回路がそうさせる。
ピッコロのようなもの。うちに秘めた悪を分離し、善なるは神様として、切り捨てられたほうは大魔王として、その力を二分してしまった。日本の教育はそれ。良い子ばかりを好み、イタズラっ子を断罪する。家庭での教育、学校での教育、社会での教育、そこから現在の日本人気質が生まれ今に至る。

その日本人気質を核として選手たちは海外へ赴くが、そのような壁にぶちあたることとなる。だからこそ、移籍する選手は異国の文化を学ぶ必要がある。サッカーだけをし文化に触れないなら、その問題が自分の中にあることに気づけないからだ。

テクニックや身体に対する課題なら、数値に現れたり、その目に映るものなので改善しようもあるが、日本人気質という形のない課題を見つけ出し、改善に導くには哲学が必要になる。指導者は学ぶべきだと思う。

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