No.264176
長谷部
当時の状況とかを知らずに、賞賛も批判も適当な発言が多すぎるよ。浦和時代の長谷部は、まちがいなく日本有数の才能を持つドリブラーだった。
実際、評論家の中では、2006年W杯本大会に長谷部を呼ぶべきだ、と言っている人も結構いた。
ジーコジャパンのパスサッカーの中で、長谷部のドリブルは違いを作ると。
だけど、シドニー世代が日本サッカー界の中枢にいる状況で、日本にはパスを指導できる人はいても、ドリブルを世界に通用するレベルで指導できる人はほとんどいなかった。
そのため、長谷部のドリブルは才能はあっても、それを実力に昇華することはなかった。
そのタイミングでドイツに移籍。
ブンデスリーガでは、長谷部は、改めて自分のドリブルがドイツでは通用しないことを認識する。
そこからが長谷部の真骨頂。
いままでのドリブラーという特徴を完全に捨てて、ポリバレントな選手として生き残りを賭けた。
ボランチも右SBもできて、守備で走り回る選手として。
ドリブラー時代の長谷部は、ドリブルは上手くても、守備には大して走っていなかった。
が、ブンデスに渡った1年目は、ポリバレントな便利屋として走りまくり、監督に重用された。
それが、いまの長谷部の元になっている。
長谷部は、ドイツに行って成長したのかもしれないけど、それよりも、それまでと全く違う自分に変身した、と言った方が近いと思う。