No.456180
夢を壊すようで悪いが、100億円払ってモウリーニョやベンゲルに監督をやってもらっても日本が強くなるということはない。
そうだな、例えば手倉森あたりに代表監督をやってもらった場合とモウリーニョに代表監督をやってもらった場合で、モウリーニョの方が強くて手倉森の方が弱いということは決してないだろう。
「そんな、バカな!手倉森クラスの監督がモウリーニョに敵う訳がない!」と思うかもしれないが、モウリーニョは日本を強くするための誰も知らない特別な戦術を持っている訳でもなければ、日本が世界に勝つ魔法が使える訳でもない。
日本という素材で料理を作る上では、素材の旨味や素材の弱点も含めて素材を良く知っているのはむしろ日本人監督の方で、どういう風に使えば日本という素材の良さを引き出せるのか、彼らは素材の「活かし方」も知っている。
(逆に外国人監督にとっては繊細な日本の素材の扱い方を理解するのは難しい)
それは日本人監督を起用する最大のメリットでもある。
また、サッカーをよく知らない人ほど、「戦術」「戦術」といかにも分かったような口を叩くものだが、実際は戦術によって引き上げられるチーム力など、僅か数%にも満たない。
(そもそも試合の数日前にしか集まれない寄せ集めの代表チームでは、細かな戦術の落とし込みはできない。)
サッカーにおいてチーム力を引き上げるのは選手の能力だよ。
能力の高い選手が揃えば強いチームができるが、能力の低い選手しかいなければ、いかに監督が優秀でいくら戦術によってチーム力を引き上げようとしても限界がある。
自分が監督を批判する時は、サッカーにおいて最も重要である素材選び(選手選考)が大きく間違っている時と、ベースとなる味付け(戦い方)が間違っており日本という素材の良さを活かせていない時だ。
例えば日本の素材の特性を知らず、フィジカルベースの一発カウンター狙いの洋食まがいの料理を作ろうとするコックなどは自分にとっては批判の対象となる。
サッカーにおいてフィジカルは間違いなく必要な要素だが、それが世界に対する日本の「強み」になることは決してないし、アジア相手ですらそれは日本のアドバンテージにはならないからだ。
日本の素材を最大限に活かすには、アジリティや連動性、組織力やチームワークといった日本の強みをベースに、フィジカルの弱さや決定力のなさを補くべくポゼッションを高め、その中で創造性や展開力を発揮していくスピーディなサッカーがDNA的にも気質的にも日本に合っている。
もちろん組織力だけではサッカーは勝てないので、そのベースの上に、さらに個の能力を上乗せしていくというのが理想だろう。
森保のサッカーは大まかな方向性としてこのベースから大きく外れているとは思わないし、選手選考についても、どんぐりの背比べのその時に選べる素材の中からは、比較的まともなチョイスはしていると思うけどな。
森保を気に入らない人も多い様だが、次に監督を選ぶとしても大まかな方向性は間違わないでほしい。