No.343503
1996年にチーム名をモンテディオ山形へ変更[3]。1998年2月に運営法人となる山形県スポーツ振興21世紀協会が設立された[3]。1999年からのJリーグの2部制開始とともにJリーグ ディビジョン2(J2)に参加した。
1999年 - 2008年(J2)
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1999年
前平塚監督の植木繁晴が監督に就任した。
補強面では、市原から鷲田雅一を、平塚から岩元洋成を、京都から吉田達磨を、C大阪から卜部太郎を、ブラジルのリオ・クラロFCからアランを、川崎Fからムタイルを、札幌からバウテルを完全移籍で獲得し、横浜FMから平間智和をレンタル移籍で獲得した。新人では、鶴商学園高から根本亮助、前橋育英高から小久保純、静岡学園高から飯塚浩記が加入した。
リーグ戦については、第23節終了時までは中位付近を推移していたが、第24節から第29節にかけて5勝1分をマークし4位まで浮上した。しかし、残り7試合を勝利無しで終えた為、順位を落としてシーズンを終えた。リーグ戦の最終成績は15勝4分17敗の勝点48で7位だった。ヤマザキナビスコカップでは1回戦で京都に敗れた(合計スコア1-9)。天皇杯ではJ1勢の神戸、C大阪を続けて破った後、準々決勝で柏に敗れたものの、クラブ初の天皇杯ベスト8進出を果たした。
このシーズンは真下佐登史が得点源として活躍。最終的には18ゴールを挙げてJ2得点ランキング2位となった。
2022年
デラトーレが琉球戦で8点とってデラトーレスと改名。