ああ 2026/06/28 05:35 Android No.141629 日韓共催になったのは、当時のFIFA副会長で韓国協会の会長だった 鄭夢準(チョン・モンジュン) 理事の外交手腕によるところが大きい。日本の単独開催に異議を唱え、欧州のFIFA理事たちを巻き込んで政治的な主導権を握ったことが最大の理由です。 当時の日本には単独開催できる経済力があった。逆に韓国には単独開催する力がなかったにも関わらず、日本に先を越されたくないプライドがあり、チョン氏のFIFAにおける外交的な駆け引きが上回り、駆け引きのまったくできない日本は、まんまとあとから出てきた韓国に共催にさせられた。