No.1093372
渡邊選手は東日本大震災の発生時、家族とともに自宅にいた。携帯電話から警報が聞こえ、母親からテレビを押さえるように言われたことを鮮明に覚えている。テレビが倒れ、食器が床に落ちて割れ、照明が落下した。家族は無事だったが、宮城県石巻市の親戚の家は津波で流され、父親が安否を確認するために現地に向かった。
最初は楽観していたという。しかし、停電が続き、仲の良かった隣人と一緒に暖を取る日々が続いた。友人の父親が津波で流されたと聞き、石巻に行った父親とも連絡が取れない期間があった。不安が募り「初めて死を近くに感じた」。震災から15年がたち、当時を振り返るのは平気だが「大きな音が鳴ると、今でも不安な気持ちや、きつくなることがある」という。
渡邊選手は震災から2〜3カ月後にサッカーができるようになった。しかし、周囲にはやりたいことを自由にできなかった同世代がいた。「やりたいことをやれる時間は当たり前ではない。だからこそ諦めちゃいけない」。子供の頃の夢だったプロサッカー選手になった今も、その思いが日々の支えとなっている。
こういう背景を知ると応援したくなるね
自分も大事に一日を過ごさないとな