過去ログ倉庫
男性 50歳 あの時と
同じ暑い日だったのでしょうか。マリノスサポの方に松田のシューズを見せて頂きました。さあ、これからだ!梓川ふるさと公園にて。
皆さんの書き込みを拝見して改めて、故 松田直樹 選手の偉大さを感じました。私が山雅の試合を初めて観戦したJFL時代で彼がヘディングでシュートを決めた試合を思い出します。
彼が居たから今の松本山雅がここまで成長してこれたのかなって。 夢は終わらない。今年優勝して絶対にJ1に行こう!
男性 45歳 梓川
今ふるさと公園から今帰って来ました。往復2時間半。やっぱ遠いな。現地でナオキの熱い気持ちを感じました。週末は思いっきり応援します!
女性 マツさん
レジェンド柿さんと小沢シュのメモリアル引退試合のイベントで、ピッチ上のトークショーの時に相方の一人が「○野」って言ったら、マツが即座に「そりぁあマズイよ。松本とか信州って言わないとダメだよ」と、松本に来て日も浅いのに凄く気遣いして(松本山雅の経緯を理解してくれていて)素晴らしいと嬉しくなりました。
男性 松田直樹
東日本大震災の直後に、松田選手が自ら先頭に立って松本駅前で募金活動をする姿に感銘しました。
アルウィンでのFC東京との復興試合の時には、山雅側で栄村への募金に立ってくれました。握手してくれた彼の手は柔らかく、今でも忘れられません。
JFLの山雅戦士たちを引っ張っていく責任を、直樹1人で背負っていたと思いました。
7月には激痩せしたように見えて、心配していました。
知り合いのサポさんが「直樹のアルウィンでの最後の試合でピッチから引き上げていくときに、いつもならスタンドに向かって見上げてシャンシャンくれるのに、悲しそうに下を向いたままシャンシャンして入っていった姿が忘れられない」と語ってくれました。
そして「6月30日の松本南部地震で自宅が甚大な被害を受けたが、涙は出なかった。直樹のことを思うと、今でも涙が止まらない」とも話してくれました。
私は、直樹の命日の近くの試合では、ま〜つだなおき のチャントを1人でも唄って涙しています。
男性 29歳
心の底から黙祷します。松田は今も俺たちの心の中で戦ってる。one soul
男性 50歳 梓川ふるさと公園
マリノス、山雅サポのみなさんと黙祷して参りました。何かマツのパワーがみなぎってくる感じ。グラウンドに並んだ水色と緑、背番号3のユニ。マリノスサポの方からは来年はJ1で待ってますと、有難いお言葉。誓い新たに。One Sou{emj_ip_0792}
男性
今日もあの日と同じ暑い日になりました
横浜から献花に訪れてくれる方も
いるようでマツがいかに愛されていたか
わかります
マツの魂は隼磨に受け継がれ
その隼磨の背中をみて若い選手が
育っている。マツの魂は確実に
受け継がれまだ山雅と共に戦っています。
また絶対にJ1でマリノスと
戦います!!!
マリサポ さん
ありがとうございます
今日は特別な日ですね
2011年の天皇杯マリノス戦、試合後マリノスの選手の方が
我々のゴール裏に挨拶に来ていただいた時
なんとも言えない感動というか、寒さでない鳥肌が立ったのを
覚えています。
あの時、山雅にとってマリノスは更に特別な存在になったと
感じました。
マツが作った縁というか、我々の一方的な思いかもしれませんが
絆みたいなものを。
(youtubeにも上がっているので、わからない方はご参照を)
松田直樹という選手はマリノスの偉大な選手であり
松本山雅に大きな影響とサッカーの楽しみを伝えてくれた
選手だと思います。
本当にもう少し山雅でのプレーを見たかった
男性 特別な日
山雅、マリノス板・・松田直樹でいっぱいです。
皆さんの一つ一つの想いに涙出そうな・・
きっと直樹は笑って見てるかも。
松本山雅もマリノスも全力で進みましょう。
頑張れ山雅{emj_ip_0796}頑張れマリノス{emj_ip_0796}
急になんだ?って思うかもしれませんが、こんな日だからこそ言わせてください
また松本山雅と闘いたいです
マツのおかげで山雅を知り、去年アルウィンに行ってたくさんの人に親切にしてもらいすごく好きになりました
どこよりも熱いサポーターはいつもマツの闘志を燃やしていたと思います
松田直樹を支えてくれてありがとう
そして、マツが心から山雅を愛したこと、今日だけは思い出してやってください
来年必ずJ1の舞台で会いましょう
横浜から松本へ、届け
男性 45歳 黙祷
黙祷しました。
今週の週末はマリノスとともに絶対勝ちます。応援します!
2011年
一応、当時を体験している者です。
マツは判定に不服でピッチに座り込んだりした時もありました。山雅で最初で最後のゴールの時は負けていたので一目散に良輔とボールを取りに戻ったり、僅か半年程でしたが全てに華のある選手でした。
その年、マツが亡くなった後は山雅はほぼ毎試合といってもいいくらに退場者が出ましたが、それも何としてでも上にあがりたいという選手の気持ちだったと思います。
選手もクラブも物凄いプレッシャーを負いながらやっていたと思います。
ただ、あのシーズンはサポも選手もクラブもまさに「想いは一つ」で団結していました。
昇格を決めた試合は宮崎でしたがアルウィン近くの体育館でPVがありました。そこで皆で抱き合って喜んだ事も忘れられません。
松田直樹が愛したクラブはマリノスである事は違いないと私は思っていますが、最後にいたクラブとして天国で山雅の事も愛着を持って見守っていてくれたらいいなぁ、と思っています。
「J1に上がってマリノスをぶっ潰す!」が確かマツの夢だったと思います。来年、夢を叶えましょう!
今日の練習では黙祷をしたみたいですね。
毎年8月4日の練習では反りさんがマツさんの話を選手にしているそうです。
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